言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2014'01.17.Fri
客観的に自分を見るならば、モテる、と言っていいのだと思う。上司には嫌々対応する女性社員もジャンには率先してコーヒーを入れてくれたし、ジャンの弁当が母親が作ったものから妻が作ったものに変わったことに目ざとく気づくぐらいには意識されていた。カフェのオープンテラスに座れば視線をもらい、同僚や友人からは結婚してからでも合コンに誘われ、同じ安物を着てもそこらの男とは違って見えるスタイルを維持している。
それは当然、そうでなければ困るのだ。それは生まれついてのものではなく、ジャンが意識して作り上げた自分だった。
美しく聡明な彼女の隣に立つにふさわしい自分に、と。ともすればつまらない男よりも女に人気のあった彼女も結局はひとりの女で、今はつまらない男の妻である。
それにしても、不毛な恋をしていた。微塵もジャンを意識しなかった女のことなど、彼女が好きな相手とつき合い始めたときにさっさと諦めていればよかったのだ。それなら、――それなら、もっと早く、自分に向けられる視線の中に、ひときわ真摯なものが紛れていることに気づいたかもしれないのに。
早く帰りたいと思ったときに限って電車にトラブルが発生しているような気がして、ジャンは世の中を恨みながら駅構内を歩いていた。と言っても早く帰りたくない日など、結婚してから一度もない。優しい妻とおいしい料理が待っている。ついでに今日は金曜日、少しばかり羽目を外してもいい日だ。先週一緒に選んだ酒など飲みながら体を温め、ついでにそのままアルコールに身を任せたっていい夜なのだ。
復旧はするのだろうか、いっそ別の路線で回った方が早いだろうかと人の流れを伺っていると、ふと目の前を花束を抱えた人が横切った。どこか緊張した面持ちで花束を抱えた男は、これからどこに行くのだろうか。ピンクのリボンなら女だろうなぁ、と冷やかし混じりの視線を送り、ジャンは彼が来た方を見た。そういえば、この駅には小さいが花屋がある。構内に響くアナウンスを聞けば、電車はまだ動きそうにない。特にあてもなくジャンは花屋へ足を向けた。
冬の寒さに彩りで競うのは、華やかに着飾った女性ばかりではないらしい。店先の視覚を楽しませる鮮やかさは春が恋しくなるほどだった。花言葉どころか花の名前も知らないが、単純に美しいと思う。何気なく見ていただけだったが、店員に声をかけられ、ジャンは改めて花を見回す。
「プレゼントですか?」
「いや……」
花なら正月の花が、この寒さのお陰でまだ鮮やかさを保っている。妻は以前生け花を少し教えてもらったのだという。じゃんにはわからないが、同じくお茶もお花もたしなんだ母がほめていたからうまいのだろう。少し考えたが、ジャンは店員を振り返った。
「……あの、適当に作ってもらっていいですか」
「はい。お誕生日ですか?」
「いや、……何でもない日です」
口にしてから、店員の驚いた顔に、そういうことにしておけばよかったと後悔する。しかし流石の客商売、店員はすぐに笑顔に戻った。三千円ほどの予算でさほど大きくない花束が、駅ナカらしい素早さで作られる。以前繁華街で見た花屋とは大違いだな、などとこっそり思う。結婚するまでは上司がときどき連れていってくれる店につき合ったこともあるが、今は飲み会すら許されるなら出たくないほどだ。それを遅れた時間を取り戻すようだと親友は言う。意識してはいないが、その通りなのかもしれない。
花束ができた頃には電車は復旧していたようだが、駅の中は電車が止まっていた分待ちぼうけを食らっていた人で溢れている。ジャンは花束を受け取って、さっさとタクシー乗り場へ向かった。
タイミングがよかったのか、さして待たずにタクシーに乗ることができた。乗ってしまえば家まではすぐだ。
ドアの鍵は閉めておくように言ってある。マンションの入り口はオートロックだが、安心だと信じきることはできない。鍵を開けて中に入ると、ドアの音で気がついたらしい足音が近づいた。
「ただいま、アルミン」
「お帰り……それどうしたの?」
靴を脱ぎかけ、それより先にアルミンに花束を渡した。困惑する彼女に笑いかける。
「アルミンに」
「えっ、何の日?」
「なんでもないけど」
「え〜、何それ……」
困ったようにそれを受け取ったアルミンだが、隠そうにもその頬が少し緩んでいることに気づいてつついてからかった。しかしアルミンははっとして、すぐにジャンの手を握る。
「冷たい。部屋あったまってるから入って」
「ああ」
着替えている間にアルミンはキッチンで花を花瓶に生けていた。鼻歌を歌いながらと上機嫌で、怒ることはないだろうと思ってはいたがどこかほっとして隣に立つ。丁寧にはがされた包装はやはり丁寧に畳まれてそばに置かれていた。
「きれい、ありがとう。でも急にどうしたの?」
「電車止まってて時間潰しに冷やかしてたら店員に声かけられてな」
「ふふ、じゃあ何でもない日のお祝いだ」
「何それ」
「知らない?ディズニー映画の、『不思議の国のアリス』の中の歌。何でもない日のお祝いのティーパーティーにアリスが巻き込まれるんだけど、お母さんが好きでよくおやつの時間に歌ってた。子どもの頃だからわからなかったけど、贅沢したおやつだったのかも」
「ふうん」
「僕も好きだな、何でもない日。僕の何でもない日は、誰かの特別な日なんだよ」
アルミンが頭を傾けて、小さな頭がジャンの胸にもたれ掛かった。その恐ろしくかわいい仕草に抱き寄せようと手を回そうとしたが、一瞬早くアルミンはジャンから離れてしまう。
「ご飯にしよう!」
「ああ……」
どうしてこうも、かわいいのだろう。ジャンがアルミンに告白したときは信じてもらうまでが一苦労で、その頃から考えるとこうして身を預けてもらうなど夢のような話だった。
花はテーブルに置かれ、アルミンはそれを見ながら上機嫌で箸を進める。
「毎日誰かのお誕生日だったり、記念日だったりするんだと思うと不思議だな」
「……お前、オレらがつき合い始めた日も覚えてないだろ」
「さぁ、どうでしょう?」
いたずらっぽく笑うアルミンに苦笑を返す。優秀な彼女が覚えていないことはないはずだが、およそ記念日ということにほとんど頓着しなかった。きっと意識しているのは結婚記念日ぐらいではないだろうか。
「不思議だなぁ」
「何が」
「今日は、何でもない日だけど、僕もケーキ買ってきてたんだ。だからジャンがお花買ってきてびっくりした」
「……へぇ」
「誰かのお誕生日みたいだね」
「そうだな」
そうか、とふと食事中のアルミンを見る。いつか、家族が増えれば、また特別な日が増えるのだ。ジャンの母親はまめな人で、息子がいい年になった今でも誕生日にはメールを寄越す。いやがることはわかっているはずだから半ば嫌がらせではないかと思っているが、「息子」には「母親」の気持ちを理解することはできないものなのかもしれない。
「あ、でも」
「何?」
晩酌のグラスを指先で弾き、アルミンはジャンを見上げて笑う。昔は見せなかった女らしい表情は、もしかしたらジャンが気づかなかっただけで他の誰かは見ていたのかもしれないと思うとやや不愉快だ。しかしそれはまた、ジャンがどきりと胸を鳴らすのとは別の話である。
「何でもない日じゃないかもしれない」
「何かあったか?」
「何もないけど、今の僕にとっては毎日が特別な日だから」
――それを、アルミンが狙っているのか、無意識なのかはもはやどうでもいい。えもいわれぬ色気にあおられてぐっとこみ上げるのと、幼少期のこととはいえいじめた過去と、何やら諸々に襲われてジャンはただ言葉を失った。
「……オレも」
「便乗はずるいよ」
アルミンが声を上げて笑った。すねて見せようとしたがジャンもつられて笑ってしまう。
これが毎日になったのだ。それがじわじわこみ上げて思わず顔を覆う。
「ジャン?」
「何でもない……」
「変なの」
ころころ笑うアルミンは、何を考えているのだろう。
――ああ、もう。
君のいない日々が思い出せない。
それは当然、そうでなければ困るのだ。それは生まれついてのものではなく、ジャンが意識して作り上げた自分だった。
美しく聡明な彼女の隣に立つにふさわしい自分に、と。ともすればつまらない男よりも女に人気のあった彼女も結局はひとりの女で、今はつまらない男の妻である。
それにしても、不毛な恋をしていた。微塵もジャンを意識しなかった女のことなど、彼女が好きな相手とつき合い始めたときにさっさと諦めていればよかったのだ。それなら、――それなら、もっと早く、自分に向けられる視線の中に、ひときわ真摯なものが紛れていることに気づいたかもしれないのに。
早く帰りたいと思ったときに限って電車にトラブルが発生しているような気がして、ジャンは世の中を恨みながら駅構内を歩いていた。と言っても早く帰りたくない日など、結婚してから一度もない。優しい妻とおいしい料理が待っている。ついでに今日は金曜日、少しばかり羽目を外してもいい日だ。先週一緒に選んだ酒など飲みながら体を温め、ついでにそのままアルコールに身を任せたっていい夜なのだ。
復旧はするのだろうか、いっそ別の路線で回った方が早いだろうかと人の流れを伺っていると、ふと目の前を花束を抱えた人が横切った。どこか緊張した面持ちで花束を抱えた男は、これからどこに行くのだろうか。ピンクのリボンなら女だろうなぁ、と冷やかし混じりの視線を送り、ジャンは彼が来た方を見た。そういえば、この駅には小さいが花屋がある。構内に響くアナウンスを聞けば、電車はまだ動きそうにない。特にあてもなくジャンは花屋へ足を向けた。
冬の寒さに彩りで競うのは、華やかに着飾った女性ばかりではないらしい。店先の視覚を楽しませる鮮やかさは春が恋しくなるほどだった。花言葉どころか花の名前も知らないが、単純に美しいと思う。何気なく見ていただけだったが、店員に声をかけられ、ジャンは改めて花を見回す。
「プレゼントですか?」
「いや……」
花なら正月の花が、この寒さのお陰でまだ鮮やかさを保っている。妻は以前生け花を少し教えてもらったのだという。じゃんにはわからないが、同じくお茶もお花もたしなんだ母がほめていたからうまいのだろう。少し考えたが、ジャンは店員を振り返った。
「……あの、適当に作ってもらっていいですか」
「はい。お誕生日ですか?」
「いや、……何でもない日です」
口にしてから、店員の驚いた顔に、そういうことにしておけばよかったと後悔する。しかし流石の客商売、店員はすぐに笑顔に戻った。三千円ほどの予算でさほど大きくない花束が、駅ナカらしい素早さで作られる。以前繁華街で見た花屋とは大違いだな、などとこっそり思う。結婚するまでは上司がときどき連れていってくれる店につき合ったこともあるが、今は飲み会すら許されるなら出たくないほどだ。それを遅れた時間を取り戻すようだと親友は言う。意識してはいないが、その通りなのかもしれない。
花束ができた頃には電車は復旧していたようだが、駅の中は電車が止まっていた分待ちぼうけを食らっていた人で溢れている。ジャンは花束を受け取って、さっさとタクシー乗り場へ向かった。
タイミングがよかったのか、さして待たずにタクシーに乗ることができた。乗ってしまえば家まではすぐだ。
ドアの鍵は閉めておくように言ってある。マンションの入り口はオートロックだが、安心だと信じきることはできない。鍵を開けて中に入ると、ドアの音で気がついたらしい足音が近づいた。
「ただいま、アルミン」
「お帰り……それどうしたの?」
靴を脱ぎかけ、それより先にアルミンに花束を渡した。困惑する彼女に笑いかける。
「アルミンに」
「えっ、何の日?」
「なんでもないけど」
「え〜、何それ……」
困ったようにそれを受け取ったアルミンだが、隠そうにもその頬が少し緩んでいることに気づいてつついてからかった。しかしアルミンははっとして、すぐにジャンの手を握る。
「冷たい。部屋あったまってるから入って」
「ああ」
着替えている間にアルミンはキッチンで花を花瓶に生けていた。鼻歌を歌いながらと上機嫌で、怒ることはないだろうと思ってはいたがどこかほっとして隣に立つ。丁寧にはがされた包装はやはり丁寧に畳まれてそばに置かれていた。
「きれい、ありがとう。でも急にどうしたの?」
「電車止まってて時間潰しに冷やかしてたら店員に声かけられてな」
「ふふ、じゃあ何でもない日のお祝いだ」
「何それ」
「知らない?ディズニー映画の、『不思議の国のアリス』の中の歌。何でもない日のお祝いのティーパーティーにアリスが巻き込まれるんだけど、お母さんが好きでよくおやつの時間に歌ってた。子どもの頃だからわからなかったけど、贅沢したおやつだったのかも」
「ふうん」
「僕も好きだな、何でもない日。僕の何でもない日は、誰かの特別な日なんだよ」
アルミンが頭を傾けて、小さな頭がジャンの胸にもたれ掛かった。その恐ろしくかわいい仕草に抱き寄せようと手を回そうとしたが、一瞬早くアルミンはジャンから離れてしまう。
「ご飯にしよう!」
「ああ……」
どうしてこうも、かわいいのだろう。ジャンがアルミンに告白したときは信じてもらうまでが一苦労で、その頃から考えるとこうして身を預けてもらうなど夢のような話だった。
花はテーブルに置かれ、アルミンはそれを見ながら上機嫌で箸を進める。
「毎日誰かのお誕生日だったり、記念日だったりするんだと思うと不思議だな」
「……お前、オレらがつき合い始めた日も覚えてないだろ」
「さぁ、どうでしょう?」
いたずらっぽく笑うアルミンに苦笑を返す。優秀な彼女が覚えていないことはないはずだが、およそ記念日ということにほとんど頓着しなかった。きっと意識しているのは結婚記念日ぐらいではないだろうか。
「不思議だなぁ」
「何が」
「今日は、何でもない日だけど、僕もケーキ買ってきてたんだ。だからジャンがお花買ってきてびっくりした」
「……へぇ」
「誰かのお誕生日みたいだね」
「そうだな」
そうか、とふと食事中のアルミンを見る。いつか、家族が増えれば、また特別な日が増えるのだ。ジャンの母親はまめな人で、息子がいい年になった今でも誕生日にはメールを寄越す。いやがることはわかっているはずだから半ば嫌がらせではないかと思っているが、「息子」には「母親」の気持ちを理解することはできないものなのかもしれない。
「あ、でも」
「何?」
晩酌のグラスを指先で弾き、アルミンはジャンを見上げて笑う。昔は見せなかった女らしい表情は、もしかしたらジャンが気づかなかっただけで他の誰かは見ていたのかもしれないと思うとやや不愉快だ。しかしそれはまた、ジャンがどきりと胸を鳴らすのとは別の話である。
「何でもない日じゃないかもしれない」
「何かあったか?」
「何もないけど、今の僕にとっては毎日が特別な日だから」
――それを、アルミンが狙っているのか、無意識なのかはもはやどうでもいい。えもいわれぬ色気にあおられてぐっとこみ上げるのと、幼少期のこととはいえいじめた過去と、何やら諸々に襲われてジャンはただ言葉を失った。
「……オレも」
「便乗はずるいよ」
アルミンが声を上げて笑った。すねて見せようとしたがジャンもつられて笑ってしまう。
これが毎日になったのだ。それがじわじわこみ上げて思わず顔を覆う。
「ジャン?」
「何でもない……」
「変なの」
ころころ笑うアルミンは、何を考えているのだろう。
――ああ、もう。
君のいない日々が思い出せない。
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