言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2014'01.12.Sun
「巨人ってどれぐらい大きかったの?」
「色々いたなぁ。三メートルぐらいから、……五十メートル」
「五十メートル?」
「ああ、壁よりでかかった」
ジャンは聞けば教えてくれた。わかることしか教えられない、と自分の憶測の範囲のことは何も言わなかったが、それでもアルミンの好奇心を満たすのには十分だった。
「ジャンはどうして調査兵団に入ったの?」
「……さぁな。気づけば入っちまってた」
「……調査兵団は、勇敢な兵士だって」
「ハッ、まさか。臆病者ばかりだったぜ」
「ジャンも?」
「……お前、ほんとに物怖じしねぇな」
ジャンは時々、アルミンを見て呆れた顔をする。まるで昔からアルミンを知る親戚のようだ。実際の親戚はアルミンの追求に嫌そうな顔をすることがあったが、ジャンはいつも苦笑をこぼすだけだった。
「まあ、そうだな、オレもそうだったかもな」
「泣いた?」
「……お前、泣き虫だろう」
ジャンに指摘されて唇を噛んだ。仕返しだとばかりに笑った彼を睨んだが、そんなときばかりは視線も彼の体を突き抜けるかのようでまるで手応えがなかった。
「何が怖い」
「……いじめっ子」
「ははっ」
「あと、にんじんと、お化け」
「オレもお化けだぞ」
「ジャンは怖くないよ」
「……そうか」
「うん」
ジャンは屋上に行けば決まってそこにいる。他の場所には行けないのかと聞いたことがあったが、行けないわけではないらしい。教室の後ろに立って授業を聞いていたこともあるのだという。今は行かないのかと聞けば、もう飽きたのだと言っていた。ジャンはこの学校ができる前からここにいるらしい。
「ジャンはどうして、ここにいるの?」
「……この場所な、昔は、訓練兵の兵舎があったんだ」
「ここで死んだの?」
「いや、壁外だ。……壁外って言ってもお前にはわかんねえよな、お前が生まれたときにはとっくの昔に壁なんてなくなってたんだから」
「でも僕、壁のあった場所知ってるよ。お父さんが連れていってくれたんだ。ぐるっと回ったよ」
「……そうか、マルコが」
「壁まですっごく遠いんだよ。お尻が痛くなるまで車に乗って、大きな岩を見に行ったんだ。知ってる?エレンの岩。公園の真ん中にあるやつ」
「ああ、知ってる」
「一番向こうの壁はそれよりもっと遠いんだよ。……それでも、人がもっと遠くに行こうとしたのはどうして?壁の中も、僕は十分広いと思うんだけど」
「……そうだよな。オレだって、自分が住む街だけで十分だったはずなんだ。……人間ってのは、欲張りだな」
「そうなの?」
「ああ。今のままでは満足できなくなっちまうんだ。……だから、歩くより早い馬車ができて、馬車よりも早い自動車ができた。お前、馬に乗ったことあるか?」
「お父さんがいつか乗せてくれるって。……でも、僕は自動車、好きだけど。ジャンは嫌い?」
「そうだな。多分オレも、乗れば好きになる」
「乗ったことない?」
「ないな。ここから出たことがねえ」
「行けないの?」
「さあ、試したこともない」
「どうして?」
「……死んでてもな、怖いことはあるんだ」
「……何が怖いの?」
ジャンは答えてくれなかった。家族が心配するから早く帰れ、と促され、アルミンはしぶしぶ立ち上がる。最近放課後は毎日のように屋上に通っていて、帰りの遅くなったアルミンに両親が首を傾げているのは事実だった。
最近できた友達と遊んでいる、と答えたアルミンを一応信じてはいるようだが、いじめっ子に何かされているのではないかとやや疑っているようだ。いつもアルミンを助けてくれるエレンは祭りのための練習が忙しい。アルミンがジャンのところにくる理由のひとつはいじめっ子と帰る時間をずらすためでもあるので、両親の推測は逆とも言えたし、正しくもあった。
帰宅して夕食後、父の書斎をノックすると笑顔で迎えてくれた。その部屋は見るたびに本が増え、まだアルミンには難しいものが多かったが、小さい頃から遊び場にしていたアルミンはこの部屋で文字を学んだ。
「お父さん、今日は何のお勉強?」
「もうすぐお祭りだからね、お父さんはみんなに歴史の話をするんだ。だからその準備だよ」
「お父さん、もう知ってるのに」
「そうだね。でももし、間違いしていたら困るから」
「お父さんなら大丈夫だよ」
「ありがとう。アルミンも聞きにきてくれるかい?」
「僕が知らない話する?」
「うーん、しないかも」
父は笑ってアルミンを膝に抱き上げて本を開いた。小さな文字の並ぶ分厚い本をエレンは嫌うが、アルミンは早く読めるようになりたいと思っている。まだ難しい言葉がわからないことが多くて、ひとりではなかなか読むことができなかった。
「そうだ、ねえお父さん、訓練兵の話を教えて」
「訓練兵?」
「僕の学校、訓練兵の兵舎だったんだって」
「よく知ってるね、誰に聞いたの?」
「えーと、先生」
「珍しい、知ってる人がいるんだね。そうだな、今はずっと遠くにあるけど、訓練兵の兵舎と訓練場は、昔はこの辺りにあったんだ。と言っても建物も残っていないから記録だけのことだけど、でも……そうだな、おじいちゃんのうちのある辺りと比べて、この辺はおうちが新しいのはわかる?」
「えー、うちもぼろだよ」
「はは、そう言われると困ったな。そうだな、じゃあ、今度エレンが出るお祭りがあるだろう?」
「うん」
「あのお祭りがこの地区で行われるのは、あの英雄たちがこの場所で訓練をしていたからだと言われているからなんだ」
「英雄たちが訓練をするの?」
「そりゃあするさ。英雄たちだって、アルミンと同じ、人間だ」
「……そんなすごい人と一緒って言われても、わからないな」
「そうだね、お父さんも信じられないよ。だけどきっと、彼らだって初めから強かったわけではないはずだ。泣いたり、苦しんだりしただろう」
「絵本にはそんなこと、書いてなかったけど……」
「うーん……そうだね、アルミンはもしかしたら怒るかもしれないけれど……子どもには難しくて、わからないだろ?」
「……まあね」
ふてくされるアルミンを父は笑った。アルミンの体はまだ父の体にすっぽり収まるほどしかなくて、お菓子がたくさん食べられないのと同じように、言葉もたくさん入らないのだと言うことは渋々ながら認めている。
「怒らないで。アルミンは賢いから、きっとすぐにわかるようになるよ」
「……お父さんも怖いもの、ある?」
「そりゃああるよ」
「お母さん?」
「……そうだね、時々怖いね」
父を見上げると困ったように笑った。その表情は子どもには読みとれないほど複雑で、ジャンのことを思い出す。
「……ねえお父さん」
「なんだい」
「お化けの怖いものって、何だと思う?」
「お化けかぁ……そうだなぁ、もしかしたらアルミンがお化けが怖いみたいに、お化けもアルミンが怖いのかもしれないよ」
「えーっ!僕怖くないよ!」
「もしかしたらだってば。お父さんもお化けのことはわからないなぁ。どうしたの?お化けの話でも聞いた?」
「ううん」
お化けの友達ができた、とはなんとなく言えなくて、父親もそれ以上聞かなかった。
祭りの日が近づいた。エレンは興奮の中にも疲労を見せていたが、父親はそれを懐かしそうに見ていた。
「立体起動装置か……懐かしいな」
アルミンの話を聞いてジャンは両手を見下ろした。その下からアルミンが手をかざし、重ねて見上げるとジャンが笑う。決して触れない手を合わせるように掲げてくれるジャンにアルミンも笑い返した。
「ジャンの手は大きいね!」
「お前はちっせえなぁ」
「すぐ大きくなるよ!お父さんも大きいんだから!」
「どうかなぁ?お前は小さいままって気がするぜ」
「何でわかるのさ!」
「さぁ?」
「ジャンは何歳?」
「あ?……あ〜……オレ、髭生えてるか?」
「ううん」
「……死んだときの姿じゃねえのか」
「鏡見たことないの?」
「写らねえ」
「へぇ、面白い」
「オレ、幾つぐらいに見える?」
「ん〜、お兄さんって感じ。おじさんではないかな」
「……まあ、この兵舎にいるってことは、オレは訓練兵時代の姿なのかもな」
「どうして?」
「……オレが聞きてえよ」
「ねえ、どうしてジャンはお化けになったの?」
「それもオレが知りてえな」
ジャンは苦笑して背を伸ばした。空を仰ぐ姿を見上げる。背の高い彼に並ぶと自分がまだまだ小さいのだと思い知る。父ぐらいはあるだろうか。そんなに高くないのかもしれない。
彼はどんな人だったのだろう。
「ねえ、一緒にお祭り行こうよ。エレンかっこいいんだよ!」
「いいよ、オレは」
「怖いの?」
「……お前、その性格って子どもの頃からなんだな」
「何のこと?」
「ハァ……マルコもちゃんと教育しろよな」
「ね、お祭りの日迎えにくるね」
アルミンが笑いかけると、ジャンは笑い返してくれた。それを約束してくれたのだと決めつけて、アルミンはいつも以上に祭りの日を待ちわびていた。
祭り当日、約束通りジャンを迎えに屋上に行くと、彼は呆れた顔をした。街全体が言葉通りお祭り騒ぎで、喧噪かここまで聞こえている。
「行こう、ジャン!」
「……オレほんとにここから出たことねえんだよ」
「大丈夫だよ。ね、早く!エレンの出番がきちゃう!」
手を引けないのがもどかしい。アルミンが足を踏み鳴らせば、ジャンは深く息を吐く。と言ってもその空気の流れがわかるわけではない。わかったよ、とぼやくように言ったジャンに気をよくして、アルミンは階段に向かった。ジャンは滑るように足を動かし、アルミンの隣を移動する。ブーツのつま先が交互に動くのを見て、嬉しくなってジャンを見た。苦笑する彼がアルミンに向ける視線が子どもに対するものだとわかったが、今日は気づかなかったことにした。
通りは人で溢れていた。賑やかな喧噪は街を大いに盛り上げ、人々の表情を見ているだけでも浮き足立つ。
学校の門を抜けてもジャンは確かにアルミンの隣を歩いていた。どこか心細い様子のジャンにいい気になって、アルミンは上機嫌で街を歩く。
まっすぐ立体起動装置のデモンストレーションの会場に向かえば、そこは既に多くの人で溢れていたが、どうにか人の合間をくぐってアルミンはよく見える位置を確保した。隣のジャンは人も突き抜けてしまうので、場所を必要としない。少し羨ましくなって彼を見上げれば、同じようにアルミンを見下ろしている。
「お前、大丈夫か?」
「うん。……まあ、こんなときは小さいのも悪くないよ」
「ははっ、違いない」
そう肯定されるといささか気に食わないが、否定はできないので仕方ない。大きな歓声が上がり、アルミンは正面を見た。
ガスをふかす音が心地よく響き、大きい鳥の影が横切る――否、空を舞うのは少年兵だ。風を受けたマントが広がり、ブレードが反射する。飛び交う少年兵の中で一際目を輝かせているのが、アルミンの幼馴染みのエレンだった。そう教えようとほとんど隣の少年と重なって頭だけになっているジャンを見たが、彼はまっすぐエレンを見ていた。
「ジャン?」
「……相変わらず、調子に乗るとガスふかしすぎるんだな」
「何が?」
「……あいつらみんななってねえな」
「そう?みんな上手だよ!すごく練習するんだ」
「オレはもっとうまく飛べた。……まあ、そうか。飛べなくたって、お前らは食われねえもんな」
アルミンはデモンストレーションから目を離さないジャンから目を離せなくて、ずっと彼を見上げていた。
――そうか。この人は死んでるんだ。
今更そんなことに気がついた。あまりにも優しいから、忘れていた。
「色々いたなぁ。三メートルぐらいから、……五十メートル」
「五十メートル?」
「ああ、壁よりでかかった」
ジャンは聞けば教えてくれた。わかることしか教えられない、と自分の憶測の範囲のことは何も言わなかったが、それでもアルミンの好奇心を満たすのには十分だった。
「ジャンはどうして調査兵団に入ったの?」
「……さぁな。気づけば入っちまってた」
「……調査兵団は、勇敢な兵士だって」
「ハッ、まさか。臆病者ばかりだったぜ」
「ジャンも?」
「……お前、ほんとに物怖じしねぇな」
ジャンは時々、アルミンを見て呆れた顔をする。まるで昔からアルミンを知る親戚のようだ。実際の親戚はアルミンの追求に嫌そうな顔をすることがあったが、ジャンはいつも苦笑をこぼすだけだった。
「まあ、そうだな、オレもそうだったかもな」
「泣いた?」
「……お前、泣き虫だろう」
ジャンに指摘されて唇を噛んだ。仕返しだとばかりに笑った彼を睨んだが、そんなときばかりは視線も彼の体を突き抜けるかのようでまるで手応えがなかった。
「何が怖い」
「……いじめっ子」
「ははっ」
「あと、にんじんと、お化け」
「オレもお化けだぞ」
「ジャンは怖くないよ」
「……そうか」
「うん」
ジャンは屋上に行けば決まってそこにいる。他の場所には行けないのかと聞いたことがあったが、行けないわけではないらしい。教室の後ろに立って授業を聞いていたこともあるのだという。今は行かないのかと聞けば、もう飽きたのだと言っていた。ジャンはこの学校ができる前からここにいるらしい。
「ジャンはどうして、ここにいるの?」
「……この場所な、昔は、訓練兵の兵舎があったんだ」
「ここで死んだの?」
「いや、壁外だ。……壁外って言ってもお前にはわかんねえよな、お前が生まれたときにはとっくの昔に壁なんてなくなってたんだから」
「でも僕、壁のあった場所知ってるよ。お父さんが連れていってくれたんだ。ぐるっと回ったよ」
「……そうか、マルコが」
「壁まですっごく遠いんだよ。お尻が痛くなるまで車に乗って、大きな岩を見に行ったんだ。知ってる?エレンの岩。公園の真ん中にあるやつ」
「ああ、知ってる」
「一番向こうの壁はそれよりもっと遠いんだよ。……それでも、人がもっと遠くに行こうとしたのはどうして?壁の中も、僕は十分広いと思うんだけど」
「……そうだよな。オレだって、自分が住む街だけで十分だったはずなんだ。……人間ってのは、欲張りだな」
「そうなの?」
「ああ。今のままでは満足できなくなっちまうんだ。……だから、歩くより早い馬車ができて、馬車よりも早い自動車ができた。お前、馬に乗ったことあるか?」
「お父さんがいつか乗せてくれるって。……でも、僕は自動車、好きだけど。ジャンは嫌い?」
「そうだな。多分オレも、乗れば好きになる」
「乗ったことない?」
「ないな。ここから出たことがねえ」
「行けないの?」
「さあ、試したこともない」
「どうして?」
「……死んでてもな、怖いことはあるんだ」
「……何が怖いの?」
ジャンは答えてくれなかった。家族が心配するから早く帰れ、と促され、アルミンはしぶしぶ立ち上がる。最近放課後は毎日のように屋上に通っていて、帰りの遅くなったアルミンに両親が首を傾げているのは事実だった。
最近できた友達と遊んでいる、と答えたアルミンを一応信じてはいるようだが、いじめっ子に何かされているのではないかとやや疑っているようだ。いつもアルミンを助けてくれるエレンは祭りのための練習が忙しい。アルミンがジャンのところにくる理由のひとつはいじめっ子と帰る時間をずらすためでもあるので、両親の推測は逆とも言えたし、正しくもあった。
帰宅して夕食後、父の書斎をノックすると笑顔で迎えてくれた。その部屋は見るたびに本が増え、まだアルミンには難しいものが多かったが、小さい頃から遊び場にしていたアルミンはこの部屋で文字を学んだ。
「お父さん、今日は何のお勉強?」
「もうすぐお祭りだからね、お父さんはみんなに歴史の話をするんだ。だからその準備だよ」
「お父さん、もう知ってるのに」
「そうだね。でももし、間違いしていたら困るから」
「お父さんなら大丈夫だよ」
「ありがとう。アルミンも聞きにきてくれるかい?」
「僕が知らない話する?」
「うーん、しないかも」
父は笑ってアルミンを膝に抱き上げて本を開いた。小さな文字の並ぶ分厚い本をエレンは嫌うが、アルミンは早く読めるようになりたいと思っている。まだ難しい言葉がわからないことが多くて、ひとりではなかなか読むことができなかった。
「そうだ、ねえお父さん、訓練兵の話を教えて」
「訓練兵?」
「僕の学校、訓練兵の兵舎だったんだって」
「よく知ってるね、誰に聞いたの?」
「えーと、先生」
「珍しい、知ってる人がいるんだね。そうだな、今はずっと遠くにあるけど、訓練兵の兵舎と訓練場は、昔はこの辺りにあったんだ。と言っても建物も残っていないから記録だけのことだけど、でも……そうだな、おじいちゃんのうちのある辺りと比べて、この辺はおうちが新しいのはわかる?」
「えー、うちもぼろだよ」
「はは、そう言われると困ったな。そうだな、じゃあ、今度エレンが出るお祭りがあるだろう?」
「うん」
「あのお祭りがこの地区で行われるのは、あの英雄たちがこの場所で訓練をしていたからだと言われているからなんだ」
「英雄たちが訓練をするの?」
「そりゃあするさ。英雄たちだって、アルミンと同じ、人間だ」
「……そんなすごい人と一緒って言われても、わからないな」
「そうだね、お父さんも信じられないよ。だけどきっと、彼らだって初めから強かったわけではないはずだ。泣いたり、苦しんだりしただろう」
「絵本にはそんなこと、書いてなかったけど……」
「うーん……そうだね、アルミンはもしかしたら怒るかもしれないけれど……子どもには難しくて、わからないだろ?」
「……まあね」
ふてくされるアルミンを父は笑った。アルミンの体はまだ父の体にすっぽり収まるほどしかなくて、お菓子がたくさん食べられないのと同じように、言葉もたくさん入らないのだと言うことは渋々ながら認めている。
「怒らないで。アルミンは賢いから、きっとすぐにわかるようになるよ」
「……お父さんも怖いもの、ある?」
「そりゃああるよ」
「お母さん?」
「……そうだね、時々怖いね」
父を見上げると困ったように笑った。その表情は子どもには読みとれないほど複雑で、ジャンのことを思い出す。
「……ねえお父さん」
「なんだい」
「お化けの怖いものって、何だと思う?」
「お化けかぁ……そうだなぁ、もしかしたらアルミンがお化けが怖いみたいに、お化けもアルミンが怖いのかもしれないよ」
「えーっ!僕怖くないよ!」
「もしかしたらだってば。お父さんもお化けのことはわからないなぁ。どうしたの?お化けの話でも聞いた?」
「ううん」
お化けの友達ができた、とはなんとなく言えなくて、父親もそれ以上聞かなかった。
祭りの日が近づいた。エレンは興奮の中にも疲労を見せていたが、父親はそれを懐かしそうに見ていた。
「立体起動装置か……懐かしいな」
アルミンの話を聞いてジャンは両手を見下ろした。その下からアルミンが手をかざし、重ねて見上げるとジャンが笑う。決して触れない手を合わせるように掲げてくれるジャンにアルミンも笑い返した。
「ジャンの手は大きいね!」
「お前はちっせえなぁ」
「すぐ大きくなるよ!お父さんも大きいんだから!」
「どうかなぁ?お前は小さいままって気がするぜ」
「何でわかるのさ!」
「さぁ?」
「ジャンは何歳?」
「あ?……あ〜……オレ、髭生えてるか?」
「ううん」
「……死んだときの姿じゃねえのか」
「鏡見たことないの?」
「写らねえ」
「へぇ、面白い」
「オレ、幾つぐらいに見える?」
「ん〜、お兄さんって感じ。おじさんではないかな」
「……まあ、この兵舎にいるってことは、オレは訓練兵時代の姿なのかもな」
「どうして?」
「……オレが聞きてえよ」
「ねえ、どうしてジャンはお化けになったの?」
「それもオレが知りてえな」
ジャンは苦笑して背を伸ばした。空を仰ぐ姿を見上げる。背の高い彼に並ぶと自分がまだまだ小さいのだと思い知る。父ぐらいはあるだろうか。そんなに高くないのかもしれない。
彼はどんな人だったのだろう。
「ねえ、一緒にお祭り行こうよ。エレンかっこいいんだよ!」
「いいよ、オレは」
「怖いの?」
「……お前、その性格って子どもの頃からなんだな」
「何のこと?」
「ハァ……マルコもちゃんと教育しろよな」
「ね、お祭りの日迎えにくるね」
アルミンが笑いかけると、ジャンは笑い返してくれた。それを約束してくれたのだと決めつけて、アルミンはいつも以上に祭りの日を待ちわびていた。
祭り当日、約束通りジャンを迎えに屋上に行くと、彼は呆れた顔をした。街全体が言葉通りお祭り騒ぎで、喧噪かここまで聞こえている。
「行こう、ジャン!」
「……オレほんとにここから出たことねえんだよ」
「大丈夫だよ。ね、早く!エレンの出番がきちゃう!」
手を引けないのがもどかしい。アルミンが足を踏み鳴らせば、ジャンは深く息を吐く。と言ってもその空気の流れがわかるわけではない。わかったよ、とぼやくように言ったジャンに気をよくして、アルミンは階段に向かった。ジャンは滑るように足を動かし、アルミンの隣を移動する。ブーツのつま先が交互に動くのを見て、嬉しくなってジャンを見た。苦笑する彼がアルミンに向ける視線が子どもに対するものだとわかったが、今日は気づかなかったことにした。
通りは人で溢れていた。賑やかな喧噪は街を大いに盛り上げ、人々の表情を見ているだけでも浮き足立つ。
学校の門を抜けてもジャンは確かにアルミンの隣を歩いていた。どこか心細い様子のジャンにいい気になって、アルミンは上機嫌で街を歩く。
まっすぐ立体起動装置のデモンストレーションの会場に向かえば、そこは既に多くの人で溢れていたが、どうにか人の合間をくぐってアルミンはよく見える位置を確保した。隣のジャンは人も突き抜けてしまうので、場所を必要としない。少し羨ましくなって彼を見上げれば、同じようにアルミンを見下ろしている。
「お前、大丈夫か?」
「うん。……まあ、こんなときは小さいのも悪くないよ」
「ははっ、違いない」
そう肯定されるといささか気に食わないが、否定はできないので仕方ない。大きな歓声が上がり、アルミンは正面を見た。
ガスをふかす音が心地よく響き、大きい鳥の影が横切る――否、空を舞うのは少年兵だ。風を受けたマントが広がり、ブレードが反射する。飛び交う少年兵の中で一際目を輝かせているのが、アルミンの幼馴染みのエレンだった。そう教えようとほとんど隣の少年と重なって頭だけになっているジャンを見たが、彼はまっすぐエレンを見ていた。
「ジャン?」
「……相変わらず、調子に乗るとガスふかしすぎるんだな」
「何が?」
「……あいつらみんななってねえな」
「そう?みんな上手だよ!すごく練習するんだ」
「オレはもっとうまく飛べた。……まあ、そうか。飛べなくたって、お前らは食われねえもんな」
アルミンはデモンストレーションから目を離さないジャンから目を離せなくて、ずっと彼を見上げていた。
――そうか。この人は死んでるんだ。
今更そんなことに気がついた。あまりにも優しいから、忘れていた。
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