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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'01.19.Sun
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2013'09.09.Mon
雨の降る夜だった。きっとその日雨が降っていなければ、ジャンはあんな声もそこまで気にしなかっただろう。或いは音楽プレイヤーの充電を忘れていなかったら、気がつかなかったかもしれない。その日は春にしては冷たい雨が降っていて、そしていつも外出時のお供をしている音楽プレイヤーの充電を忘れていた。そんな日に、雨粒によるビニール傘の演奏に混じって、子猫の鳴き声がした。

か細く甘えるような声が聞こえて、ジャンは軽く周囲に目をやった。この時間帯の車通りは多くはないが、深夜は大型トラックがよく通る。声の主はちゃんと避難しているのだろうか。それ以上特に気に留めるでもなく、意識はすぐに買ったばかりのCDに移る。知らないアーティストの曲を試聴で気になって買った。じっくり聞きたかったのに、昨日はバイトで疲れて帰るなり全てを忘れて眠ってしまったのが悔やまれる。うろ覚えの鼻歌を、猫の声が遮った。近い。振り返ると、バス停のベンチの下に白っぽい影が見える。小さな体全体を使った鳴き声は体にそぐわず大きく、ジャンを見つけて転がるようにこちらに向かってきた。ぎょっとしてジャンは再び歩き出すが、鳴き声はつかず離れずついてくる。ばたばたと傘を叩く雨はきっとひと晩続くだろう。そもそも朝から降っていた雨だ。まだ子猫だろうに、母親はどうしたのだろう。あんなに小さい体では、こんな雨も嵐のように感じるのかもしれない。天気予報では明日も雨だ。風も出るらしい。

ジャンは足を止めた。追いついた子猫が、ジャンの足下にまとわりつく。

「……クソッ」

バッグからタオルを引き抜いて、子猫をつまみ上げて包み込んだ。まさに濡れねずみとしか言いようのない小さな体は暴れたが、それは体勢が悪かっただけらしく、四肢を動かしてやがて落ち着いた。しかしにゃーにゃーと鳴き声だけは続き、ジャンは舌打ちをして足早にひとり暮らしのアパートに向かう。拾ってどうしようというのだろう。生き物の世話なんてものは、小学生の頃、クラスでハムスターを飼っていたぐらいで、ジャンはほとんどしたことがない。今夜ひと晩、この雨だけ乗り切って、あとは放り出してやろう。半端な世話は誉められたことではないのだろうが、無視をして帰ればこの小さな体が悲惨な目に遭う夢を見るに違いない。

部屋に帰ってから我に返った。姉が以前使っていたこの部屋はペットの飼える物件なのでそれは問題ない。しかし何の用意もないまま子猫を拾ってきてしまい、途方に暮れる。床に下ろすとタオルから顔を出してうろうろと歩き始めたが、その体はぷるぷると尻尾の先まで震えている。ジャンが濡れた靴下を脱ぎ捨てただけで座り込むとこちらに気づき、また力強い声で鳴きながらまとわりついてくる。膝にすり寄る子猫を掴んで、とにかくタオルで体を拭いた。少し力を入れたら折れてしまいそうな細い手足に不安になる。

どうしたらいいのかと途方に暮れる。思い浮かぶ人物がひとりいるが、あの男に助けを請うことはジャンにとっては耐えがたいことだ。しかし他に猫に関してジャンに適切な助言をくれるような相手は他にはおらず、インターネットで調べるということも考えたが、わかったところでもう店も開いていない。子猫は元気ではあるようだがさっきから鳴き続けているのは腹が減っているからだろうか。苦悩するジャンの手から転がり落ちた子猫は、珍しいからか、部屋の中を歩きだした。何か障害物を見つけては匂いを嗅いでいる。

ジャンは諦めて溜息をついた。自分が手を出したのだ、責任は取らねばならない。携帯を取りだして電話をかける。数コールで出た相手は、しかしやはり警戒していた。きっとジャンでも彼から連絡があれば警戒するだろう。ゼミの連絡網の関係で連絡先を知っているだけで、間違っても使ったことのない番号だ。

「エレン、今時間あるか」

『あるけど、何だよ』

「……子猫の世話、したことあるか」

『あ?』

「拾ったんだよ!」

『マジ?子猫?今ジャンのところにいるのか?』

「ああ」

『いいな〜子猫!触りてえ。あ、声がする』

部屋を回った子猫はまたジャンの元へ戻ってきていた。デニムに爪を立てて膝に上ってくる間も鳴き続けていて、それに応えるようにエレンの声が甘くなるのにぞっとする。

「だから世話だよ世話!どうすりゃいい」

『そう言われてもな、普通にご飯食えそうか?』

「わかんねえから聞いてんだ」

『あっコラッ!それ駄目だって!待てっ!』

「は?」

エレンの声が遠くなった。怒るような声がして、まもなく戻ってきたが心なしか疲れている。

『悪い、うちの猫が』

「……どうすりゃいい」

『大きさどれぐらい?』

「……両手で載るぐらい」

『じゃあ多分普通に食えるな。怪我はないんだな?』

「ないけど雨で濡れてた。タオルでは拭いたけど湿ってる」

『ドライヤー怖がらなかったら乾かしてやって。逃げたら無理するな、トラウマになるだけだから。あー……スーパー開いてねえよな』

「ああ」

『今からそっち行くわ。あ、水はやっていいけど牛乳はやるな』

「……わかった」

物凄く理不尽だがやむを得ない。ジャンの膝の間を往復している子猫を見ながら通話を切る。外では白っぽく見えたが明るいところで見るともう少し黄色がかっている。黄ばんでるだけじゃないだろうな、と体を転がしてみるがそういうわけではなさそうだ。ジャンを見上げるガラスのような瞳は青い。エレンの言葉を思い出し、猫を膝から降ろして洗面所にドライヤーを取りに行く。猫と比べるとドライヤーも大きく見えて、試しにそばで電源を入れてみると飛び上がって部屋の隅に逃げていった。駄目そうだ。仕方なくできるだけ乾かそうとタオルを持って猫を抱えた。腹の下に手を回せば片手で掴めてしまうような体でも、小さな命だと思うと投げ出したくなる。

エレンのうちはすでに猫を飼っている。ついでにこいつも引き取ってもらえないか聞いてみようと思っているうちにチャイムが鳴った。猫を置いて玄関に向かう。どれだけ飛ばしてきたのだろうか、ドアを開けると謎のゲージを抱えたエレンが立っている。

「……よう」

「ちっせえ〜!」

「は?」

エレンの目はジャンの足元を見ていた。すぐにしゃがみ込んだかと思えば抱えていたゲージを置くなり、ジャンの足元から子猫をすくい上げる。簡単に持ち上がった子猫はエレンの両手の中で大人しく頬ずりされていた。ふにゃふにゃと情けない声を上げているが嫌ではないようだ。それよりも隣のゲージが大きく揺れ、それに驚いてびくりとしている。

「かっわいいなぁ〜。金髪碧眼のかわいこちゃんだ。ドライヤーやっぱ駄目だったか?」

「ああ、逃げた」

「そっかそっか、よしよし寒かったな〜。お母さんはぐれちゃったか?かわいそうにな〜、お腹すいたよなぁ」

「その気色悪い声やめろよ……」

まさに猫撫で声とでも言うのだろうか。うるせえな、といつもの調子で毒づきエレンはやっと靴脱いで上がってくる。鞄から取りだしたのはキャットフードで、お湯でふやかして、とジャンに投げた。それぐらいは簡単なことだが、もっと説明すべきことがあるだろう。ジャンはエレンの横でがたがた揺れているゲージを指す。

「おい、それ何だよ」

「ああ、うちの猫」

「猫……?」

「うち今母さんいなくてさ、母さんいねえと悪さばっかすんだよ」

ジャンの知る猫はゲージをこんなに揺らすほど凶暴な生き物ではなかったはずだ。エレンは狭いところ嫌いなんだよなと笑っているが、これはその程度で済む話なのだろうか。皿に少し開けたキャットフードをポットのお湯でふやかして持っていくとエレンはやっと猫を降ろした。皿を前に置いてやると子猫は素早く駈け寄り、皿に前足を入れるほどの勢い出た食べ始める。やはりお腹が空いていたらしい。癪に障る相手ではあるが、猫のためには頼って正解だったようだ。

ゲージは相変わらずうるさいが、エレンは一向に構わず、後で出してやるから、と適当に声をかけている。幼い四肢を突っ張ってがつがつと食べる姿に頬を緩めて、エレンは子猫の尻尾を撫でていた。時々振り払うように激しく跳ねる尻尾を笑う。動物好きであることは間違いない。

「ちっちぇえな〜かわいいな〜。こいつもこんなに小さかったはずなのに、小さいときでもこんなに大人しくなかったぜ」

「……なあエレン、こいつお前んちで飼えないか?」

「なんで?ペット不可?」

「いや、部屋は大丈夫だけどよ……」

「もう1匹ぐらい大丈夫だけど……うーん、リヴァイがなぁ……」

エレンが横目でゲージを見る。持ってて、と抱き上げた子猫をジャンに押しつけ、エレンはゲージの戸を開けた。途端に黒い塊が飛び出して、ジャンは反射的に立ち上がる。それは真っ黒な猫だった。ジャンの手の中にほとんど隠れてしまっている子猫を威嚇して、その鋭い声に子猫はジャンの胸に爪を立てて肩までよじ登る。細いせいか小さな爪でも肌に刺さり、ジャンは悲鳴を上げて引きはがした。飛びかからんばかりの黒猫をエレンが素早く捕まえて、バシバシと蹴られたり噛まれたりしながらも再びゲージに押し込める。その間中、黒猫はこの世のものとは思えない鳴き声を上げていて、ジャンが抱き直した小さな生き物はずっと爪を立てていた。

「無理だな」

「猫こえぇ……」

「こいつ野良だったからさ、庭に来てたのを母さんが餌付けしたんだ。飼ってるっていうより夜寝に帰ってきてるだけみたいな猫なんだよ。違う匂いがするから威嚇してんだろうな」

「よくやるぜ……」

エレンの腕は一瞬で鋭いかき傷が何筋も走った。薄く血が滲んで腫れている。まだゲージの中で黒猫は暴れていて、リヴァイ!とエレンが声を荒げた時にはしばらく静かになったが、またすぐに暴れ始めた。

「まあ飼えねえってんなら探してやるよ。でも見つかるまではお前が面倒見てろよ」

「……お前んちには預けられねえようだからな」

子猫はまたジャンの肩まで登っていく。さっきほど爪は食い込まないが、柔らかい毛が首に当たるとくすぐったいのでまた腕に戻す。今度は狭い方へ行きたいのか、ジャンの脇の方に入り込もうとするのでまた引き戻した。

「ほんとは子猫用の餌の方がいいんだ、栄養価が違うから。お前明日バイト休み?」

「ああ、用はないが……」

「明日スーパー開いたら持ってきてやるよ。あ、あとトイレな、古いの持ってきたから。ちょっと躾いるかもしんねえけど、性格によるからなあ。基本的にはきれい好きだから、覚えりゃそこでしかしなくなる」

「トイレ……」

「うち買ったけどあんまり使わなかったからな〜。リヴァイ外でしてくるから」

テキパキとエレンは鞄から色々取り出すが、ジャンは生き物の世話をするという手間を考えて頭を抱えたくなる。腕の中の生き物はかわいいが、やはり飼える気がしない。

エレンが立ち上がってジャンの腕の子猫をのぞきこむ。曲げた肘の間で仰向けになった子猫の腹を指先で撫でてデレデレしているエレンは、こんなことがなければ見ることはなかっただろう。

「は〜いいなぁ!リヴァイと交換しようぜ」

「やだよ!」

「くっそ〜、かわいい。リヴァイがいなきゃ連れて帰るのに。嫌だよな〜こんな馬面が同居人なんて」

エレンが猫の腹に鼻を寄せた。動作としてはそうだが、それはジャンの腕に顔を埋める行為でもある。怯むジャンにお構いなしに、エレンはまた明日くるからなー、などと子猫に話しかけていた。握手、と称して前足を摘み、エレンはやっとジャンから離れる。

「じゃ!俺帰るから」

「……おう。ありがとな」

「寝てる間に押し潰すなよ」

「……あ」

「わーったって!帰るって!」

リヴァイの全身での抗議によってジャンの言葉は遮られた。ゲージを掴んでエレンはじゃあな、と帰っていく。腕から転げ落ちそうになった子猫をほとんど無意識にすくい上げ、無情に閉まったドアを見る。

「……え、お前どこで寝るの?」

ジャンが子猫を見下ろすと、青い瞳がジャンを見上げて、にゃあと愛想を振りまいた。
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